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長崎を最後の被爆都市に 

夫の父の生家は長崎市の旧坂本町にありました。グラウンドゼロ(爆心地)間近です。

南方戦線から戻った父は自分の家がどこにあったかもわからなくて、最寄りの浦上駅で3日3晩を過ごしたとか。4日目にやっと知り合いに出会って、親族の仮住まいにたどり着いたそうです。
けれど、生家にいたはずの両親や長兄家族については、遺骨の一片すら見つかりませんでした。

私は一度だけ8月9日午前11時2分に長崎でお墓参りをしたことがあります。街中のサイレンや港からの汽笛が一斉に鳴る瞬間、街がわなないているように感じました。

長崎原爆資料館は1996年に改築され、アニメ『天空の城ラピュタ』を思わせる屋上庭園を備えた明るい建物になっています。
そこには長崎の街の模型によって、原爆の熱線・爆風・放射線がどのようにグラウンドゼロから広がったのか一目でわかる装置があります。あまりに瞬時のことで、繰り返して何度も見ずにはいられませんでした。

現実には、このような光景が二度とあってはなりません。長崎が永遠に「最後の被爆都市」であるように、声を上げ続けたいと思います。

先日、8月6日の広島で広島市長は「アメリカの時代遅れの政策にはっきりNO!と言おう」と政府に呼びかけました。地球温暖化の危機的状況の前で、テロ対策以上にすることがあるはずです。

核の脅威をなくして、植物を愛でる平和な暮らしを誰もが送れるように、願ってやみません。
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コメント

まったくです。
核の研究より、することがいっぱいある!!
もうすぐ地球が潰れてしまいます。
って、既に潰れかかっているのかも。

achamiさんのブログからも背中を押されて書いてみました(^^ゞ
長崎の人たちはホント「しょうがない」発言に怒っていますしね。
地球は1つしかありませんから!


シンゲルさんのお父様の体験、鳥肌が立ってしまいました。
実感を持った人が伝えていくことが大事ですよね。
今日のような日に、小沢代表が、アメリカに加担する対テロ特措法に「NO」をはっきり言っていた記事が新聞に載っていたので、なんだかすっきりしました。

makiさんのように共感して読んでくださる方のいらっしゃることが、何よりありがたく感じます。
義父は私たちが結婚した翌年に亡くなりましたし、義母は今も「原爆資料館には行けない」と申します。だから、私の知っていることもわずかですが、それを読んでくださった方から、またどなたかへ…
核廃絶! 戦争はしません! という思いが広がっていく日本の夏は捨てたもんではないと思います。

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